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身土不二とモンスーン気候

東アジアの土着的生活と食−それが身土不二 

アジア、その中でも東南アジアのモンスーン地域は、
多種多様な植物の生育に適しており、
7000年前から水田稲作の文化が栄えてきました。

その民は、米を主食とするのですが、
それだけではすべての栄養素をとることはできません。

人々は土地に定着し、牧畜民のように移動することができないのですから、
その土地が生産してくれるものを多種にわたって利用することによって、生きてきました。

何でも食べるという点で、日本人を含め、東南アジアの人々は、他の地域ではチョット
見られないほど、様々なものを食料として受け入れてきたのです。

このモンスーン風土のうえに築かれた食文化が、
身土不二(身体と土地は不可分)の原点になります。


和食の歴史と身土不二 

ごはんを主食として、魚貝類や海藻、大豆製品・発酵食品をとる、和食。
季節にともない、幅広くいろいろのものを食べていくのが、和食の本来の姿です。

これを抽象化した思想が身土不二と呼ばれているもののようです。
もちろん、抽象化したから食が進化するわけでもないと思いますが。

和食の特色の1つは、何でも食べることです。
食べられるなら、えり好みをしません。

なぜそうなったのか、和食の歴史が物語ってくれます。

土着の生活ですから、四季折々に変わる身の回りのもの、畑作もの、野にある野菜、
山にある木の実、果物、山菜やキノコあるいは昆虫までもが、貴重な食べ物になります。

付近にあるものは、海のものも何でも食べます。

海の生産物も季節によって変わり、必ずしも安定していません。魚は目まぐるしく移動
します。そして、昨日は豊漁でも、明日はわかりません。
えり好みせず、海が提供するものをなんでも利用するのが、和食の伝統なのです。

大は鯨、小はウニ、ナマコ、イカ、タコ、魚卵、そして多種の海藻を食べるのが、和食です。
ヨーロッパにも漁業がありますが、日本人ほどには利用範囲は広くありません。

自然に順応し、恐らく飢餓の中から学んだことなのでしょうが、食べられるものは
何でも食べる。日本では、自然とは共棲すべきものなのです。

海外から食料を輸入し、「見たこともない」といいながら色んな魚を食べるのも、
何でも食べる和食の、今の姿なのかもしれません。


神饌あるいは生贄に見る和食の姿 

ユダヤ教やイスラム教では、羊を生贄として使います。
遊牧民の宗教ですから、羊が、神への供物となるのです。

日本ではどうでしょう。

日本では、山野の産物
(米・赤や黒の古代米、キビ・ヒエ・アワ、そして鳥や鹿・イノシシ)、
そして特に海産物が重要な贄(ニエ)となります。

神饌は、人と神とをつなぐものですが、これには魚貝が必須でした。
日本の神々は、家畜である羊ではなく、自然に産する魚貝を食べるのです。

縄文時代の貝塚が日本各地に見られますが、おそらくその時代から、
魚貝は日本人の重要な食料源であったことをうかがわせます。

海は天然のだし汁

食の権威である川島四郎先生は、海は天然のだし汁であるといわれています。
雨水が土中のあらゆる成分を海に運び、海水は広範囲に混合しますから、
各成分がまんべんなく含まれることになります。

海洋生物は、その生態系を通して、海洋から栄養分を摂取しています。
したがって、海洋生物を多種に利用している日本人は、海の栄養を摂取する機会に
恵まれていることになります。

このように、バランスのとれた食をとってきた日本人が、戦前は必ずしも長生きではなく、
体格的にも劣っていたのはどうしてでしょうか。

それは、江戸時代はもちろん、明治・大正期を通して、生活が過酷だったこと。
また、一般の庶民は慢性的栄養失調の状態の人が多かった、
つまり量的に食が十分に供給されていなかった(人口も多すぎた)
ためだと言われています。

(参考文献:「肉食文化と魚食文化」/長崎福三 他)



マクロビオティック

冷涼な気候、その上に成り立った牧畜中心の農業と肉食の食文化…。
そんな欧米の食習慣の中で、人間本来の植物食を取り戻し、食のゆがみを
直そうという運動が起こりました。

マクロビオティックが欧米で受け入れられてきた背景には、
そのような植物食への回帰志向があります。

肉食文化の国の話ですから、もともと日本とは食の歴史が違います。
過剰な肉食から、穀物食へのバランスをとり戻そうということです。

日本の食もとみに欧米化してきており、その弊害の上に立つと、
伝統的和食への回帰が意味を持ってきます。

ただ穀物食推奨と言って、極端な玄米食への傾倒などはやはり行きすぎ
になるという、「粗食のすすめ」の幕内秀夫氏のご意見もあります。
いつも玄米食にするのだと、ムリに努力する必要はなさそうです。

理想とされる1980年代の和食も、玄米食であったわけではない
と思います。

和食は、日本で生活するうえでは一番コストもかからない、地域の自然に
則した食事として、みんなの目の前にあったものです。

もともと主食がご飯である点で、身体に合った食習慣であり、
魚貝類や発酵食品を食べるなどの、身体や神経を害しない
貴重な食習慣を備えています。

玄米という単品ではなく、
伝統的・日常的な食生活全体にもっと目を向けるべきだと思います。


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マクロビオティックについては、⇒正食協会のホームページへ




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